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寿屋_おおそうじ

ことぶきやが家や会社や掃除中に思ったことを書き留めるところ

赤ん坊のいる生活というのはやっていることを一旦止めるということを許容しないといけない

先日の日曜朝八時、我が家の居間には開きっぱなしのPC、出しっぱなしの爪切りと爪、湧き続ける薬缶、そしておむつ替え中の僕と娘ちゃんという状態でした。


赤ん坊というものはまあこちらの状態を気にせず自分の信号を発信してくるもので、やっていることを中断しなければならないということが多くなる。大抵の場合「やっていること=その時やりたいこと」なので中断されると少なからず「ムッとする」訳です。「こどもが居るならそっち優先だろJK」と思われるかもしれませんが、そう思う気持ちと「えー」と思う気持ちは大小あれど同時に存在するものです。

しかし、中断することで不都合があることというのはどれほどの物でしょうか。自分がマウンドに立っててセットポジションを中断されたり、ゴルフのスウェーバックを中断させられたらそれは不都合にもなるでしょうが、日常生活、特に家の中でやっていることとなると「よくよく考えれば中断したって問題ないじゃないか」というものばかりではないかと思います。

  • インターネット→基本的に静止情報なのでそのままで問題ない
  • ゲーム→大抵のものにはポーズやスリープが付いている。対人戦となると流石につらい
  • 読書→ネットとほぼ同義
  • 掃除・洗濯→まあテンポが崩れることはあるが、基本的には自分のペースでできる
  • 料理→お菓子作りでもなければそうそうおかしなことにはならない。ただし火の元注意

こんな感じに整理してみると、ちょっとやそっと中断されたくらいでは動じることはないなあという気分になってきます。どうしても手が離せなくなることはいっそ赤ん坊のいない外でやる!くらいの気概で良いのではないでしょうか。自分はカルドセプトの通信対戦は半分くらいマクドナルドでやってます。

しかし、どうしても辛いのが寝ているところを中断されること。こればっかりは起きて授乳をしてあげている奥様ちゃんには頭が下がる、何を持ってもかなわないなあと思うところであります。

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