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寿屋_おおそうじ

ことぶきやが家や会社や掃除中に思ったことを書き留めるところ

「ゲーメスト」と私

いつも拝読させていただいているしんざきさんのブログ「不倒城」で先日とても熱い記事が掲載されていました。

我が家には、ゲーメストがあった。そして、ゲーメストに展開されていた世界が私とゲーセンを繋いでくれた。この点で、今の私の人生の十何%かには、間違いなくゲーメストの影響があったのだ。

レトロゲーム万里を往く その115 「ゲーメスト」が俺に教えてくれたこと: 不倒城

雑誌「ゲーメスト」といえば1990年代をゲームセンターで過ごした自分にとっては、切っても切れない思い出の雑誌です。この熱い思いに感化され自分もこのテーマについて書いてみたいと思います。


自分がゲーメストに接した最古の記憶は1989年の2月号、88年ゲーメスト大賞発表号だったと思います。ゲーメスト大賞の記事は様々なゲームの写真が色とりどりに並び、とにかく華やかだった印象を受けた記憶があります。
この89年という年は私が友人の誘いをきっかけに、いわゆる「街のゲーセン」に入るようになった年でもあり、「ゲーセン」と「ゲーメスト」それぞれの接触に少なからず関係があったようにも思います。

それから1年ほど経った頃、ゲーセンのゲームは「見るもの」から「挑戦するもの」に変わり、ゲーメストも「本屋でちらっと眺めるもの」から「家で穴が空くほど読み込むもの」に変わったのでありました。
きっかけはお小遣いがアップしたのか、はたまた偶々目にしたグラディウス3ワンコインクリアにいたく感動したのか、何なのかは覚えてません。けれども「ゲーセン」という今までは眺めるだけのキラキラした世界に一歩踏み込んだ時、自分の手にはゲーメストが有ったことだけはしっかりと覚えています。

たくさんの知識と情報を与えてくれた

アーケードゲーム攻略雑誌として各メーカーのゲームの発売状況、ゲーム内の詳細なデータ、そして攻略法は当然充実していました。ただそれだけではなく、それ以外さまざまなことをこの雑誌から教わったようい思います。

  • ゲームの人気とインカム(売上)は必ずとも一致しないこと
  • 記事には書き手がいて、文章にはその人間味が出るということ
  • 全国にはスコアを通して店と客が一体となって切磋琢磨している所があるということ
  • 写植は目と手の職人技術であるということ
  • 雑誌という媒体でも書き手と受け手の間で議論が炎上するということ
  • マルチ耳は萌えっぺれ〜ということ

元記事の不倒城でも取り上げられていましたがライター記名制というのもこの雑誌の大きな特徴でした。
「APAPA」さん、「KAL」さん、「栗原桃郎」さん、自分の場合はこういった方の名前がすぐに浮かびますね。パズルコーナーを担当していた「APAPA」さんは独特の(そしてやや厳しい)語り口で読者に発信してたように思います。
アンケートはがきの隅に「デスブレイドの攻略の続きは乗らないのですか?」というようなことを書いて送ったら、直筆の手紙と共にライターの方直筆のデータ表が送られてきたことは今でも忘れられません。
通常の雑誌よりほんの少し読者に近いところから、ときに直接、ときに斜め上の方向に情報を発信し、記事の内容以上の楽しさを得られた雑誌であったように思います

発信する楽しさを教えてくれた

ゲーメストアイランドという読者コーナーがありました。
長文での意見や一発ギャグ、美麗なイラストやよくわからないシュールな絵、ゲームをネタにさまざまなネタの宝庫でした。この手の話になると必ず名前の挙がる「吉崎観音」さんや「村田雄介」さん、個人的にはゲームクリエイターとして活躍してるとも聞いたことのある「単気筒」さんの線の細いイラストが大好きだったことを思い出します。
恥ずかしながら自分もそういった人の活躍に憧れ、拙いイラスト、まとまってない文章ネタなんかを送ったことも有りました。流行りのネタは歯牙にもかからなかったけど、誰得な「スティールガンナーのラスボス」や発売後数年経ってからの「アンダーカバーコップスの三人」など、ニッチなネタとその作品が好きだという熱意があれば、それが通じることもあるということを教えられたような気がします。
他にも様々な読者の声を表すコーナーが有りましたが、1億総発信時代とも言える世の中で、自分の情報発信への憧れの源流をたどるとこの雑誌に辿り着くのではないかと思いました。

人と人とを繋げてくれた

自分が行くゲームセンターのカウンターにはなぜか発売日前日にゲーメストが置いてあり、そこを中心に常に人が集まっていました。
スト2全国大会やゲーメスト大賞授賞式などでは、その場で知り合いになる人もいました。今でいうオフ会のノリに近かったのかもしれません。
結果的には会社が無くなる原因にもなったかもしれませんが、神田駅近くのマルゲ屋という店は遠くから遊びに来た友人が必ず行きたがる店でした。

ゲーメストという雑誌の内容とは少し離れますが、自分と友人知人との付き合いのハブとしてこの雑誌があったことは間違いなかったと思います。



やや無理やりに3つの項目にまとめてゲーメストについて振り返ってみました。最後の方は雑誌ゲーメストについてというか自分自身の話になってしまって恥ずかしい限りです。
それにしてもこの雑誌のことを思い出すと書きたいことが次々と湧きあがってきます。流石に10〜20代の10年間付き合ってるだけのことは有ります。また気が向いたら思い出したことの一つでも書いてみようと思います。


これを読んで藤原ひさしさんの書く表紙のひとつでも思い出してくださる人がいれば私はとても幸せです。

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